Case: 講談社『100万の命の上に俺は立っている』

話題になった、または今後話題になるであろう日本国内の広告・クリエイティブの事例の裏側を、案件を担当した方へのインタビューを通して明らかにしていく連載「BEHIND THE BUZZ」。

今回は、6月8日(金)に講談社より出版された漫画『100万の命の上に俺は立っている』(別冊少年マガジン連載中)最新刊第5巻のプロモーション企画について取り上げます。新たなコミックス読者を獲得するため、最新刊全編をフリーイラストサイト「いらすとや」の素材に差し替え、無料で試し読みができる「ワケあり無料版」として公開。発売と同時に特設Webサイトにてフリーダウンロード、フリーシェアが可能な無料公開を開始しました。「マンガは、読まないと魅力が分からない。だけど、魅力が分からないなら買いたくない。」という矛盾に挑戦した常識破りのプロモーションは注目を集め、コミックスの売上げにも貢献しています。

企画が立ち上がった経緯から、「ワケあり無料版」制作の舞台裏まで株式会社電通クリエーティブ・ディレクター 小布施典孝さん、クリエーティブ・ストラテジスト 福井康介さん、プランナー 多々良樹さんにお話を伺いました。

Interview & Text : まきだ まどか

漫画は「5巻」が勝負

―今回のプロモーションが立ち上がったきっかけについて教えてください。

福井:編集者さんの「もっと売れてもいい作品だ」という強い思いから私たちに声がかけられ、始まった企画でした。漫画の5巻は、その後の明暗を分けるすごく大事な巻だといわれています。5巻までは書店に置いてもらえるのですが、6巻以上になると、人気作品以外は棚に全巻を置いてもらうことが難しくなるからです。5巻までで、どれだけ売れた実績を作れるかが重要。話題化するだけではなく、最新刊の第5巻の「売り」につながる販促プロモーションにする必要がありました。

―漫画の未来を左右するプロモーションだったんですね。

福井:「売り」につながる販促について、講談社の宣伝部や編集者の方に聞くと、やはり、試し読みが効果的とのことでした。試し読みをしてもらえて、単行本の内容を読みたくなる企画は何かを考えた結果、フリー素材でマンガを構成して新刊を1冊丸ごと試し読みしてもらうというアイデアに至りました。作品すら知らなかった人、作品として知ってはいたけど、単行本に手を伸ばしたことはなかった人にアプローチすることが目標でした。

多々良:5巻の内容すべてが「いらすとや」のゆるいイラストで構成されているので、ストーリーはなんとなく分かる程度になっており、「ワケあり無料版」を読むと、オリジナルの漫画が気になって、実際に買ってみたくなる企画です。やっぱり漫画家の画力ってすごいんだと、オリジナルに敬意を持つ企画にもなりました。

―フリー素材に差し替えているとはいえ、5巻の内容すべてを無料公開することについて、漫画家さんや出版社の方は懸念を示していなかったんですか?

福井:それが、全くなかったんです。「これはいい!」といっていただけて、すぐに決まりました。漫画家さんも企画にのってくれて、どんなものになるか見守っていただけました。

小布施:試し読みをしてもらえるし、内容もちゃんと理解してもらえそう、話題になりそうだしいいねといっていただけました。漫画のプロモーションで、作品の内容をイラストに置き換えるなんて普通はできないと思います。でも、今回は、漫画の担当編集の方と一緒に企画を考えるチャンスをいただいたので、企画案が出たときに「先生に聞いてみます」といってもらえたなどサポートいただき、企画を実現させることができました。

「いらすとや」のいろいろな素材を組み合わせて再現

―内容はすべて「いらすとや」にある既存のイラストを組み合わせて作っているんですね。

福井:基本的に「いらすとや」に入っている素材以外は使っていません。「いらすとや」の素材を切り抜いたり、組み合わせたりして作っています。

多々良:忠実に再現しすぎてもおもしろくないし、再現度が低すぎてもおしろくない。どれくらいの完成度にするか検討しながら作りました。
この表紙についても、いろいろな素材を組み合わせていて、腕の部分は土管のイラストでできていたり、外国の国旗を使っていたり、顔はホストの素材です。当たらずとも遠からずの再現度合いの塩梅を工夫しました。

(左が正規版単行本の表紙、右が「ワケあり無料版」の表紙)

―どの素材を組み合わせるか、ひらめきが重要になってきますね。

多々良:元々の絵から直感で組み合わせてもらっています。若干ずれていてもいいから、無理やり再現する。デザイナーさんのこだわりにまかせました。

―メイキング映像を拝見したのですが、制作にはかなりの手間がかけられていますよね。制作期間はどれくらいですか?

福井:ゴールデンウィーク明けくらいに正式に企画が決まり、そこから本制作が始まったので、制作期間は約3週間でした。

編集部との協力が企画成功のカギ

―通常は、宣伝部とやりとりしながらプロモーション内容を決めていくことが多そうですが、今回は担当編集者と一緒に進めていったからこそ、思い切った企画でも、スムーズに実現できたといえそうですね。

小布施:特設サイトだけではなく、本屋さんにも「ワケあり無料版」の冊子が配られたり、5巻の帯でも告知してくれたりしました。さらに、他のコミックの中に入っているチラシ、別冊少年マガジン本誌にも告知のページを載せていただきました。

多々良:デジタルで「ワケあり無料版」を見た人が、本屋に行って小冊子や帯を見ると、「そういえばあったな」と思い出すきっかけになります。手に取る機会を増やすことにつながりました。ありがたい援護射撃でした。

―今回の企画が成功した一番の理由は編集部との協力にあったのですね。

小布施:普通は作品内容に手を加えることはなかなかできないので、それを許可してくれた講談社チームのおかげで実現した企画だと思います。

多々良:企画案について、「ばかにしている」「完成品をチープにして出すとは何事だ」みたいにいわれていたら、かたちになることはなかった企画でした。今回、編集部、宣伝部のみなさんと、一丸となって走り抜けられたこと、本当にありがたく思っています。

―無料公開を他の漫画ではなく『100万の命の上に俺は立っている』で実施した理由は何ですか?

多々良:この漫画は、主人公が非人道的で、とことん合理的だったり、仲間がどんどん死んでいったり、敵にも正義があるなど、物語の定石を崩し、世の中の常識を裏切っていく作品です。漫画って読まないと分からないけど、読むためには買わないといけない。でも、これまでは買う以外の方法がなかったということに対して、このマンガらしい予想外の回答を示すことができたと思います。

小布施:企画の上で言語化した、この作品の裏テーマは「予定調和を壊す物語」なのですが、プロモーションにおいても、予定調和を壊すことを意識して仕掛けました。

―反響はどういったものがありましたか?

小布施:「いらすとや万能だな」「意外と手間かかってるな」「読んでみたら全巻読んでみたくなった」「この発想はなかった」などの声がありました。

福井:ツイート数は2万ツイートくらいまで伸びました。

―今回のプロモーションは単行本の売上げにもつながりましたか。

小布施:プロモーションを始めてから売上げが伸びたようです。特に、1巻や2巻の売上げから売上げが落ちていないようで、これはコミックの売上げとしては珍しいようです。

―他の作品でも「ワケあり公開」をすることもありうるのでしょうか。

福井:編集者の方次第だと思います。今回はこの作品のスタンスに合っていたというのもありましたが、いろんな漫画に転用されてもおもしろいかもしれません。今後、広がるといいとは思ってます。

(左から)株式会社電通 クリエーティブ・ディレクター 小布施典孝さん、クリエーティブ・ストラテジスト 福井康介さん、プランナー 多々良樹さん