Case:トヨタ自動車 南武線求人広告

話題になった、または今後話題になるであろう日本国内の広告・クリエイティブの事例の裏側を、案件を担当した方へのインタビューを通して明らかにしていく連載「BEHIND THE BUZZ」。

今回は、トヨタ自動車のエンジニア求人広告を取り上げます。自動運転やコネクティッド技術などの技術開発が進む自動車業界では、IT系エンジニアの人材確保が急務となっています。そういった産業の変化を背景に今回制作された求人広告。神奈川県川崎市と東京都立川市を結ぶJR南武線沿線には、大手電気機器メーカーの研究施設などが集まっていることから、南武線沿線の10駅にポスターを展開し、ターゲットを絞った求人広告を展開。「シリコンバレーより、南武線エリアのエンジニアが欲しい。」「えっ!?あの電気機器メーカーにお勤めなんですか!それならぜひ弊社にきませんか。」などインパクトのあるキャッチコピーが並ぶポスターがネット上で拡散され、話題となりました。

企画が立ち上がった経緯やポスター制作の舞台裏、バズにつながった企画のポイントについて株式会社電通 プロモーション・プランニング局 デジタル・ソリューション部長 田村昌一さん、プロモーション・プランニング局 IMCデザイン2部 アート・ディレクター 白井敬太郎さん、第4CRプランニング局 コピーライター 渡邉洋介さんにお話を伺いました。

Interview & Text : まきだ まどか

“転職潜在層”へアプローチするプロジェクトの一環

―企画が立ち上がった経緯について教えてください。

渡邉:今回の求人広告の背景には、自動運転技術などに関わる広い意味でのITエンジニアの人たちが自動車業界全体で不足していて、人材の争奪戦が起きているという事実があります。トヨタさんも技術開発を進めていく中で、IT系エンジニアの中途採用を増やす必要があり、人材開発部の方から中途採用の施策として何かできないかと相談があったのが始まりです。

田村:自動運転やコネクテッドカーなどの新たな技術開発により、これまでは自動車業界とは縁のなかった領域のエンジニア人材が必要になってきたのです。

―最初のクライアントからのオーダーはどういったものだったのですか?

渡邉:転職したいと思っている人に対しては、人材会社を通してコンタクトを取ったり募集をかける手段が王道だと思います。しかし、この領域の転職顕在層の規模は非常に限られているそうで、その中だけで勝負をしても、人が集まらないというのが課題でした。

まだ転職をしたいと思っていない人や、現在ソフトウェアの開発をしているけれど、ものづくりの新たな領域でその技術を活かせる場があることを知らない人たち、いわゆる“転職潜在層”に対してアプローチするにはどうしたらいいのか。ターゲットとなるエンジニアの方々へのアプローチ方法を手探りで考えていくことからプロジェクトがスタートしました。

田村:今回のプロジェクトでは、最終的にそういう方々に気づきを与えるために、まずは、転職ニーズがある程度明確な層へ向けてリスティング広告とバナー広告を行い、そのふたつの結果を見ながら、今回の南武線求人広告へと展開させました。クライアントと一緒に立てた作戦です。

―南武線求人広告は、プロジェクトの一部分だったのですね。

白井:そうなんです。プロジェクトとして最後のアウトプットがこのポスター広告でした。4月の中盤くらいにプロジェクトがスタートし、Webサイトとリスティング広告を制作、5月の後半にローンチしました。その後、7月17日から南武線にポスター掲出を行いました。関西では車で通勤しているターゲットが多いことが分かったので、朝と夕方の通勤時間帯にラジオCMを流しました。

この地域であれば「Googleがシリコンバレーに広告を打った」ようなことができる

―南武線に求人広告を出すというアイデアはどのように固まっていったのでしょうか。

白井:どこを狙えば効果的かということをクライアントやうちのメディア部門と協議したのですが、私が南武線沿線付近に住んでいるということもあり、どのような会社や研究拠点があるか、川崎市がどういう誘致施策を進めているか、などの沿線状況を知っていたのが、若干後押しになったかもしれません(笑)。この地域であれば、Google がシリコンバレーで広告を打ったように、ピンポイントでメッセージができるんじゃないかと考えました。

―10の駅で求人広告を展開したそうですが、それぞれの駅で内容は違ったのですか。

白井:すべての駅で組み合わせを変えています。実際に南武線の全駅をまわり、その駅を利用している人たちがどう動いて会社へ向かっているのか、どの広告を見ているのか、どの順番で見ているのかなど、導線や周辺の企業の立地などのリサーチを行いました。ネット上の情報だけではなく、足と手を使って企画しており、そういったことがうまくいった要因のひとつかもしれないと思っています。

渡邉:朝の通勤で目に入ると想定される場所には、「おはようございます」というコピーの入ったものにし、帰りに見る人が多いと想定される場所には「お疲れさまでした」というポスターにするなど、それぞれの駅で掲出するポスターの組み合わせや順番なども計算しています。もちろん可能な範囲で、ではあるのですが。

―コピー制作にあたって、考慮したポイントについて教えてください。

渡邉:エンジニアの人が読んでピンときたり、自分のことを言っていると思ってもらえる距離感がポイントだと思いました。チーム内でコピーを何度も検討し、距離感を探っていきました。僕自身、学生時代にコンピュータプログラムを書いていたこともあり、「自分がもしエンジニアとして仕事をしていたら、そのコピーを見て本当に転職をしたくなるだろうか?」を判断基準のひとつにしていました。

―エンジニアの方の気持ちになってコピーを書くというとき、具体的にはどういった点に気を配ったのでしょうか?

渡邉:コピーがどこで読まれるのか、掲出される場所を意識してその場所に合った表現を目指しました。また、「交通事故死を0に近づけるためのコードを書こう。」というコピーのように、エンジニアの人たちのチャレンジ精神を掻き立てるような、より本質的で大きな課題についても考えをめぐらせました。
加えて留意したのは、ターゲットとしている方々が勤めている企業を特定されない工夫です。企業名をはっきり言わないことで、受け手の想像力にゆだねています。

ポスターだからこそ写真に撮ってシェアしたくなる

―どういった流れでバズにつながったのでしょうか?

白井:バズに関していうと、エンジニアの方から始まったわけではありません。自分の上司や同僚が見ているかもしれない状況で、なかなかつぶやきにくいですよね。最初は、「トヨタがおもしろいことをしてる」ということでポスターの写真付きのツイートがあり、リツイートでエンジニアのみなさんがのってくれたという流れです。

また一方で、ターゲットである南武線エリアのエンジニアの方々には「ピンポイントで自分のところにトヨタがきた!?」と感じていただけたことも、バスにつながった要因だとチーム内で分析しています。

―最初からネット上で話題にさせることまで想定していたのですか?

田村:想定してはいましたが、私たちの予想よりも反響が大きかったですね。

白井:駅のポスターは一瞬見て、そのまま気にも留めてもらえないことがほとんどです。その中で、このポスターは、コピーとデザインで瞬間的に強い印象を残し、写真を撮ってつぶやきやすいように工夫しています。写真に撮りたくなるというところを目指しました。

田村:ポスターと同じような画像でバナー広告も出しましたが、反応はあるものの、バナーの画像はシェアされません。ポスターだからこそ、写真に撮ってシェアされたのだと思います。

―新しいアプローチだったからこそ、話題化につながったのでしょうね。

田村:駅貼りポスターなどでライバル企業の方を向いて求人アプローチをした施策が今までなかったわけではありません。ただし、これまでのものは、もしかしたら、目に留まる計算がそこまでされていなかったのかもしれないです。企業が自分に呼びかけている感じが少なく、もうちょっと事務的な雰囲気がしていた可能性もあると思います。

白井:やはり、メッセージにすることが大切です。募集要項の条件面だけでは、メッセージにはなりません。企業が何を求めているのか、どういう意図を持ち、人材を募っているのかを伝えないと集まってもらえないと考え、今回はメッセージ型のポスターにしました。

新たなアプローチの広告にポジティブな反応が大多数

―他社からの反応はありましたか?

田村:他の企業さんから「トヨタさん思い切ったことをするね」とか「日本の転職市場を活性化させる方向にもなるので、これはかなりいいね」というような意見をいただきました。人事関係や、経済団体の会合で話題にのぼったという情報が来てちょっと焦ったりもしたのですが、幸いネガティブなものはなかったですね。

―トヨタからはどういった反応がありましたか。

渡邉:ありがたいことに、とてもよい反応をいただきました。役員の方をはじめ、トヨタ社内の方々も喜んでくださっているようです。

―ネット上の反応はどういったものがありましたか?

白井:総じてよいコメントを、それぞれの視点で詳しく書いていただいた印象があります。個人的には、転職を考えている方、そうでない方に関わらず、トヨタさんがエンジニアを欲しがっているということを改めて世の中に知ってもらうことができたので、エンジニアの自社内の地位向上につながるというコメントがあり、なるほどと感じました。

―採用活動の最中だと思いますが、反響はいかがですか?

田村:ポスターが出て、共有され始めて以降明らかに応募数に変化が出ました。ポスター掲出、ネット上での拡散、メディア掲載が絡まって、どんどん反応が大きくなったというような流れだと思います。実際の採用増に寄与することを祈っています。

―今後もエンジニア採用の企画は続いていくのですか?

田村:同じ切り口の企画ということに縛られず、さらに長期的な視点に立って続けていけたらと、クライアントとも話しています。エンジニアの転職は、今後、もっと関心が高まって然るべしと思います。全体が底上げされることにつながるといいですね。

(写真左から)
株式会社電通 プロモーション・プランニング局 IMCデザイン2部 アート・ディレクター 白井敬太郎さん、株式会社電通 第4CRプランニング局 コピーライター 渡邉洋介さん、株式会社電通 プロモーション・プランニング局 デジタル・ソリューション部長 田村昌一さん