Case: lyrical school「RUN and RUN」

話題になった、または今後話題になるであろう日本国内の広告・クリエイティブの事例の裏側を、案件を担当した方へのインタビューを通して明らかにしていく連載「BEHIND THE BUZZ」。

今回は、6人組ヒップホップアイドルユニット「lyrical school(リリカルスクール、以下リリスク)」の新曲「RUN and RUN」のミュージック・ビデオ(MV)を取り上げます。2015年4月27日メジャーデビューシングルの発売に向け、4月5日にMVが発表されるやいなや、瞬く間にSNSなどで拡散され、大きな話題を呼びました。「スマホで見てほしい」と口コミされるこのMVは、スマートフォンでの鑑賞を想定した縦型の動画となっています。スマホのロック解除画面、着信画面、カメラ画面、ビデオ通話、Twitterのタイムライン、vine、vimeoなどのアプリケーションを行き来しながら曲が流れ、メンバーが登場する仕掛けとなっており、まるで自分のスマートフォンが勝手に操作されているような錯覚を覚える内容となっています。

これまでにない革新的な縦型動画の「スマホジャック」により、大きなバズを巻き起こした本MVの制作メンバーである株式会社TBWA HAKUHODOのクリエイティブディレクター近山知史さん、アートディレクター河野吉博さん、コピーライター荒井信洋さん、コピーライター髙橋律仁さん、インタラクティブプランナー栗林和明さんにお話を伺いました。

Interview : 市來 孝人 / Text : まきだ まどか

始まりは、縦型動画の「決定版」を作りたいという思いから

RUN and RUN / lyrical school 【MV for Smartphone】 from RUNandRUN_lyrisch on Vimeo.

―今回のアイデアは、どのようなディスカッションを経て生み出されたのですか。

近山:縦型MVは2015年頃から出始めてはいたのですが、「これぞ、縦型動画決定版」といえるようなものはまだありませんでした。これをチャンスととらえ、誰も見たことがないような新感覚の動画を作ろうという考えから今回の企画は始まっています。ここにいるみんなでアイデアを持ち寄って企画を作り上げていきました。

―最初の段階では、具体的にどのようなアイデアが挙がったのですか。

近山:TwitterなどのSNSのユーザーインターフェースをプリントアウトし、それを使って撮影をすることで、アナログ感覚のSNSができるのではないかというアイデアが挙がりました。実際にテスト撮影をしてみておもしろかったので、これをベースに何か作れないかという話になったんです。

その次の打ち合わせで、荒井さんがいろいろなアプリやスマホの機能を映像に活用して、メンバーがアプリ内に登場するのはどうかというアイデアを持ってきてくれました。普段自分たちが使っていて見慣れているスマホ画面やアプリを使って制作することで、勝手にスマホが操作されているように錯覚し、今自分が何を見ているのか分からない感覚に陥るようなMVにできたなら、縦型動画の決定版としてぴったりくるのではと思いましたね。

実際のSNSを使って生まれたリアルさ、没入感

―具体的に撮影はどのように進んでいったのですか。

荒井:今回の撮影については、大きく2種類に分けられます。リリスクのメンバーがSNSなどに登場する中の素材を撮る撮影と、スマホの画面そのものを撮るキャプチャーの撮影です。今回のMV制作で重要なのは、後者の撮影でした。ツイートの投稿やメールのやりとり、スマホ画面にポップアップのメッセージが出てくるタイミングを曲と合わせながら撮影しなければならなかったので、かなりの時間をかけて撮影しました。

栗林:キャプチャーの撮影は、実際にリリスクのメンバーのTwitterアカウントから投稿させてもらっているのですが、たくさんのスマホを用意して、リズムに合わせてすごいスピードで端末から端末へ移動して投稿しました。少しでも間違えたら全てやり直しです。

髙橋:歌とのタイミングを合わせないといけないので、今回のMV制作では、相当緻密に計算し尽くしてから撮影に臨みました。通常のMV撮影やCM撮影では、尺を緩く撮って、後で編集をすることが多いのですが、今回のMVでは厳密にそれぞれのシーンをはめ込んでいかなければならなかったので、現場での撮影にはかなりの時間を割きました。すこしでもあやふやなところがあると成り立たなくなるので、その度に制作メンバーで話し合うなど、とにかく緻密さが必要な現場でしたね。

近山:編集頼みにせず、計算し尽くして撮影をしたからこそ、自分でスマホを操作している感覚に近付けることができたのだと思います。編集を加えれば加えるほど、作りものになってしまい、リアルさからは離れていきます。

荒井:いわゆる画面繋ぎで構成されているムービーは、イラストレーターなどで画像を組み合わせ、ほぼアフターエフェクトで編集されているのですが、今回は、その方法を取りませんでした。あたかも自分で操作しているような感覚に陥るスピード感と没入感は、自分たちで実際にスマホを操作して撮影しているからこそ生まれたものだと思います。細かいタイプミスや、一瞬のタイプの遅れなどもそのまま画面の中に表現されていることで、見ている側がいつも打ち込むときの感覚により近付いています。

河野:僕は、映像のカラーコレクション(映像の色彩を補正する作業)を担当しました。スマホが勝手に操作されているかのような没入感を演出するため、今回は白背景での撮影をしています。無駄な要素を排除し、できるだけ映像内の要素を少なくすることで、没入感を増大させています。

見た人のシェアしたくなる「驚き」を呼び起こし、バズを巻き起こした

―MV発表後すぐに再生回数が伸び、急速な勢いでバズにつながりました。周りからの反響はいかがでしたか。

近山:何もPRをせずリリースしたにもかかわらず、リリース後、一気にTwitterのタイムラインが埋まり始めたので、驚きました。シェアされ続け、一晩でTwitterのトレンドランキング1位となりました。企画段階から出ていた「スマホジャック」という言葉や「こんなの初めてだ」という驚きの声が大量に自然発生していましたね。

髙橋:SNSで動画などをシェアするときって、コメントを添えますよね。中身に触れたり、ネタに触れたりすることが多いと思いますが、今回は「やられた」という声がとても多かったんです。広告業界、音楽業界、映像業界の方々が注目してくださっていて、先を越されたという感覚になった方が多かったようです。

荒井:拡散のスピードの速さも爆発的に広まった要因になっていると思います。動画を見ているその場で、そのまま画面を友達の方に向けてシェアできるスピード感が重要です。Twitter上のシェアとともに、そのときすぐ横にいる人へのシェアもされたからこそ、広がるスピードがさらに増したのだと思います。

近山:一番のポイントは、拡散してくれている人たちがまわりの人たちを驚かせたいという感覚でシェアしてくれたことだと思います。「絶対スマホで見て」とコメントを添えてシェアしてくださいました。スマホ視聴専用の動画にしたことがインパクトを高める上ではよかったのだと思います。

「スマホジャック」という縦型動画のひな型を作れたのでは

―名前もまだ知られていないアイドルグループのメジャーデビューMVとしては、大成功といえるのではないでしょうか。

栗林:ファンの方がとても喜んでくれました。MVが話題になったことで、あの話題のリリスクだから聞いてみてと、周囲に広めやすくなった側面もある気がしています。

荒井:通常は、アイドルのMVってなかなか周りの人には広めにくいんですよね。アイドルがどれだけかわいいかという論点になるため、なかなか見せづらいものです。そういったシェアしづらいという現状を打ち破ったのが今回のMVでした。噂にしやすいものになったので、ファンの方々が周りの人に広めやすくなったんです。

―大きなバズを起こした今回の縦型MV。縦型動画の未来についてどのようにお考えでしょうか。

近山:今回のこの縦型MVは「決定版」である必要がありました。中途半端にせず、考えうることは全部やり、縦型動画のひとつのひな形を作ることで、その後で真似ができないようなものにしようと考えたんです。このMVが出た後で同じようなアイデアの動画を作っても、パクりとみなされてしまいますからね。

とはいえ、縦型動画の表現は、今後もブラッシュアップされていくと思います。僕たちは今回のMV制作を通して「スマホジャック」という新たな感覚を作り出しました。しかし、これだけが正解ではありません。まだまだ面白い縦型動画が生まれてくる可能性を感じています。

株式会社TBWA HAKUHODO クリエイティブディレクター近山知史さん(右から1人目)、アートディレクター河野吉博さん(右から5人目)、コピーライター荒井信洋さん(右から4人目)、コピーライター髙橋律仁さん(右から3人目)、インタラクティブプランナー栗林和明さん(右から2人目)