Case: 独立行政法人 情報処理推進機構「パスワード –もっと強くキミを守りたい–」

話題になった、または今後話題になるであろう日本国内の広告・クリエイティブの事例の裏側を、案件を担当した方へのインタビューを通して明らかにしていく連載「BEHIND THE BUZZ」。

今回は、独立行政法人 情報処理推進機構「パスワード –もっと強くキミを守りたい-」を取り上げます。昨年4月3日から原宿駅に掲出が開始された少女マンガ風の胸キュンポスター。「壁ドン」「あごグイ」をはじめとする甘酸っぱいタッチが一見高校生のラブストーリーと思いきや、セリフはどれもパスワードの重要性を説くものばかり。そのインパクトと意外性が注目を集め、多くのメディアで取り上げられたほか、SNSでも広く拡散されました。

この胸キュンポスター制作の裏側や施策の効果について、独立行政法人 情報処理推進機構 技術本部 セキュリティセンター 普及グループ グループリーダー 山北治さん、同グループ 藤井明宏さんにお話を伺いました。

Interview & Text : 香川 妙美

10代の若者にパスワードの重要性を啓発したい。独立行政法人がとった“らしからぬ”施策。

―本企画の背景をお聞かせください。

山北:情報セキュリティの重要性が叫ばれて久しいものの、残念ながらインターネットにまつわる犯罪被害は増加傾向にあります。これらのなかにはパスワードの不適切な管理が原因のものも多く、利用者のパスワードが単純であったり、使い回していることが一つの理由になっています。

パスワードは秘密の鍵であり、サービス利用者は第三者に推測されないように作成する必要があります。サービスを提供する企業がいくら頑健な仕組みを用意しても、サービス利用者のパスワードに対する意識が高まらなければ被害の発生を食い止めることはできないといった側面があり、特に低年齢層ほど意識の低いことが独自の調査を通じて分かっていたので、10代に向けた啓発をする必要があると考えていました。

―原宿駅や駅周辺のボードをジャックする施策は、視認性が高いことに加え、ターゲットとの親和性も高く、効果が大きかったのではないでしょうか。

山北:そうですね。10代は興味のあるものにしか反応しない傾向があり、どのようなアプローチをすれば効果を出せるのかは、私たちがかねがね持っていた課題でもありました。その点、今回の『原宿ファッションジョイボード文化展』は、若者の街である「原宿」という立地や展示ボードをジャックするという展示規模から、かねての課題をクリアーでき、さらには社会性のあるテーマのみを扱うという本文化展の主旨に照らして、公的機関として積極的に広報するのに最適な媒体でした。

―クリエイティブは公募されたそうですが、どのような過程を経て決定したのでしょうか。

藤井:まず、12社から29作品が集まりました。選定にあたっては、新聞社の社会部記者、日本PTA全国協議会の前監事、ネット教育アナリスト、情報セキュリティや教育の見識家など、言わば、“若者のプロ” “情報セキュリティのプロ”に審査をお願いし、ここ機構内の技術者を加えました。また、当機構内においても、ターゲット年齢が近い若手女性職員一人ひとりから参考意見を聞く機会を事前に設けたりもしたのですが、それぞれ好みは分かれるものの、全員が一様に胸キュンポスターが気になる、と答えていましたので、今回のクリエイティブは、『どこか琴線に引っ掛かる作品』という印象を当初から持っていました。

審査当日も審査員の反応が大きく、描写の美しさ、作品としてのおもしろさ、見られ方と訴求内容のギャップという意外性、そこからくる話題性など、さまざまな視点から広告効果が一番見込めるということで、満場一致で選ばれました。

山北:余談ですが、決定報告を当機構の経営層にした際、理事長以下全員が一瞬固まりまして(笑)。少しの間のあと、理事長の口から「最近の若者には、こういった感じのものがいいんだな」という感想が出て、ようやく私たちもホッとできました。実は納得してもらえないことも想定して次点作品も用意していました。

そういった側面でいえば、ローンチして市井の反応を見るまでは、「炎上するんじゃないか」という不安もぬぐえず、ドキドキでした。あくまでも当機構は国の機関ですし、真面目な姿勢は崩せませんので、その印象の対極にあるともいえる今回のクリエイティブは、内外から「よく通りましたね」と声をかけられるなど、まさに”挑戦“的なクリエイティブになりました。

―ポスターは、全部で15枚あるとのことですが、イラストとコピーの構成は、どのように決まったのでしょうか。

山北:今回の訴求テーマは、『パスワードの強化』でした。「パスワードは長く複雑にする」「使い回しはしない」。この2点を10代に向けて啓発するという骨子を当機構からお伝えし、発注先のクリエイターやコピーライターがそれに基づいた構成を整えるという形で進んでいきましたが、このコピーで伝えたいことが伝わるのか、テクニカルな間違いはないのかなど、機構内の技術者が専門家の視点でチェックしています。

描写は絵コンテの段階から基本的に変更はありませんが、集中線の密度は、制作の段階で薄いトーンに変わり、やわらかな印象に仕上がっていましたね。描写のトレンドというか、10代の好む構図をかなり意識していただきました。

―実際に掲出して、反応はいかがでしたか。

山北:まず、原宿駅ホームでの展示からスタートしたのですが、TVや新聞をはじめ、多くのメディアで大々的に取り上げていただきました。

初日にテレビ局が女子学生何組かにインタビューを行ったのですが、全員が「パスワードを使い回している」と答えていまして。「私たちのねらいにぴたりはまっている」と手ごたえを感じた瞬間でした。
ウェブメディアでも200本以上の記事が掲載され、短期間で話題化できたことも良かったですね。Yahooトップの「話題なう」にも掲載されました。

藤井:SNSの拡散も大きかったです。Twitter上では、展示から1週間で4,500を超えるツイートが見られたのですが、なかにはリツイートが8,000を超えるものもあり、拡散力の大きさに驚きました。感想としては、「おもしろい」「笑った」といったコメントが目立ちました。この反応は、『少女マンガなのにパスワード強化の啓発』というギャップに対してのものなので、私たちが訴求したい本質の部分を汲み取ってもらえているという実感もありました。

「ポスターを譲ってほしい」。大学や企業の声を発端にポスターを販売

―反響は、展示だけに留まらなかったそうですね。

山北:ええ。展示から1週間のうちに、大学や企業から「ポスターを活用したい」「譲ってほしい」という問い合わせが相次ぎました。その声に応え、8月よりA2版のポスター15枚セットの販売を行っています。すでに200セット近く売れているのですが、学校や企業に混ざって個人の購入も目立っています。

学校の内訳を見ると、大学や短大の購入が約6割と多くありました。計算機センターの利用だけでなく、このごろはレポートや課題をオンラインで提出させる大学も増えてきているので、パスワードに関連する課題をお持ちのところは多いようですね。また、掲示目的以外にも、「講座の教材にしたい」「顧客サービスに活用したい」という声もあり、種々活用いただいているようでありがたいです。

ちなみに、ポスター販売の記事が、9月5日のYahooトピックスに掲載され、再び注目を集めることになりました。販売時期に合わせて、東京メトロ全駅でポスターの掲示も行ったのですが、4月からの取り組みが一巡したタイミングだったので、新たな盛り上がりをつくれた点も良かったです。さらには、内閣府の外郭団体が10月に行った「サイバーセキュリティ国際キャンペーン」の取り組みとして、ASEAN10か国の言語に翻訳したポスターを各国政府に展開したことも好機となりました。

―パスワードへの意識の高まりといった点での効果はいかがでしょうか。

山北:かつてない反響を感じており、届けたいターゲットに向け意識付けできた点では、効果を感じています。特設ウェブページから啓発映像へ遷移する数も順調に伸びており、パスワードの強化について、さらに関心を高めようとする人が増えているようにも感じています。

ポスターの掲出以外にも、全国の学校を回る出前授業や地域の団体とタイアップした広報活動を各地で展開しています。今後もマスを意識した活動と地道な啓発活動による情報発信を続けることで、パスワードの重要性を一層説いていきたいと思っています。


独立行政法人 情報処理推進機構
技術本部 セキュリティセンター 普及グループ
グループリーダー 山北治さん(右)
藤井明宏さん(左)