Case:伊勢丹「ISETAN-TAN-TAN」プロモーションビデオ

話題になった(=「バズった」)日本国内の広告・クリエイティブの事例の裏側を、案件を担当した方へのインタビューを通して明らかにしていく連載「BEHIND THE BUZZ」。

今回は、矢野顕子さん作詞・作曲による伊勢丹オフィシャルソング「ISETAN-TAN-TAN」に合わせて日本全国・世界各国の伊勢丹スタッフダンサー約500名が「真面目に」踊った「ISETAN-TAN-TAN」プロモーションビデオを取り上げます。その高いクオリティと楽しげな表情が話題となり、YouTube再生回数は30万を超えています。

このプロモーションビデオ制作を手がけた株式会社 三越伊勢丹ホールディングス 営業本部 宣伝部 本社担当 マネージャー 小林朋子さんに、撮影の舞台裏を伺います。

Interview & Text : 市來 孝人

きっかけは「伊勢丹好き」矢野顕子さんへの御礼の気持ち

—まずは、実施のきっかけを教えて頂けますか。

最初のきっかけは昨年の10月30日、ショッピングバッグの刷新ですね。伊勢丹のショッピングバッグの柄は、タータンと呼ぶスコットランド発祥のものなのですが、おととしにスコットランド・タータン協会から長年に渡り日本におけるタータンのプロモーションに貢献したとしてアワードを頂いたのです。その伊勢丹オリジナル「マクミラン / イセタン」が全世界のタータンを一括統制する「スコットランド タータン登記所」に正式登録されました。

一方、今回楽曲「ISETAN-TAN-TAN」を作って頂いた矢野顕子さんには元々1999年に伊勢丹があまりにもお好きということで作られた「ISETAN-TAN」という曲がありました。矢野さんは伊勢丹のことが大好きで(在住している)ニューヨークから東京にいらっしゃる時もわざわざ立ち寄って頂くほどで。ちょうどその頃、矢野さんご自身からもう一度曲を作りたい!とおっしゃって頂いていて、今回はこちらからご依頼させて頂きました。

この曲を社内で聴いた時に「めっちゃ可愛いよね」「踊るしかないんじゃない」と盛り上がって。矢野さんが伊勢丹を好きでいて下さるということに私たちもすごく嬉しくて。この“ありがとうという気持ち”を素直に「踊って」お返ししようよという話をしていました。

—振り付けはPerfumeなど、数々のアーティストを手がけるMIKIKOさんがご担当されましたね。

踊ると決めたら本気で真面目にやろうと、ダンスの質もこだわりたいと思いMIKIKOさんに依頼させて頂きました。その時にたまたま聞いたお話なのですが、弊社からオファーさせて頂くちょうどその前日にこの曲と、矢野さんが伊勢丹好きというエピソードをたまたま記事で目にしたそうなんです。「こんな素敵なことがあるんだと思っていたら、その次の日にオファーがあった」そうで。そんな偶然もあり、すぐにお返事を頂いて、制作がスタートしました。

—振り付けの依頼はどのようにされたのでしょうか。

「一つの曲の中で誰でも踊れる部分と、プロ並に魅せる部分を作って欲しい」と依頼したところ、初級者・中級者・上級者向けのパートをそれぞれ曲の中で作って頂きました。ちなみに上級は、赤い壁のところで男女それぞれ三人組が間奏で踊っているシーンです。

—立候補された社員さんは、どのくらいの人数を想定していましたか。

社内に応募をかけたのが1月末くらいで、PC上の社内ニュースはもちろん、さらに全店に「ダンサー募集」というポスターを掲示しました。撮影を2月にすることを決めていたので締切まで約二週間ほどしかなく、かつ2月・8月の「ニッパチ」は比較的百貨店の売り上げが落ち着くと言われているので、この時期に連休やお休みをとる社員が多いんです。

なので、どのくらい集まるかはやはり不安ではありました。「各振りのパートが埋まるくらいには集まれば良いな」と思っていたら、全国から約500人以上の応募があって。

—立候補されたのはどんな方が多いですか。

伊勢丹は年齢や性別・職種によって区別しない社風なので統計はとってないのですが、年齢の幅はありました。肌感覚では販売をしているスタッフの参加率は高く20-30代女性が比較的多いという感じでしょうか。とにかく様々なスタッフから応募があって、一言添えて応募する社員もスタッフも結構いました。

「初心者だけれどもとにかくみんなで踊りたいんです」という人もいれば、「クラシックバレエを20何年やっています。ダンスで会社に貢献出来るなんて」という人もいたり。チームで応募してくるスタッフもいたので「僕たちはこんなチームです」と団結力をアピールしてくれる人もいました。

—最終的には全員採用ですか。

応募の様子を見ていると「これはみんなで踊るべきだ」と、思いましたね。ただ上級者のところだけは「本当に踊れる人」が必要だったので、踊った様子を動画で送ってもらってMIKIKOさんを中心に選考しました。

丸2日間の撮影。伊勢丹の楽しさが伝わるように、全てのパートを新宿店の館内で

—曲のパートごとのチーム分けはどのように決めたのでしょうか。

踊っている「場所(売り場)」と踊っている「スタッフ」をリンクさせたかったので、例えば紳士服を常に扱っているスタッフは紳士服売場のシーンという形で優先して決めて行きました。撮影は新宿店ですが、他店のスタッフも同じようにパート分けして同じく新宿店の中で踊っています。私も時々売り場にいくと「あ、あの時の子がいる」って(笑)

—売り場とリンクしていると、お客様も「あの人って」と思い出せるのもいいですよね。

そうですね、お客様のツイートを見ていても「自分の接客してくれた××さんが踊ってる」という反応もあったので、お客様にとっても親近感があったのではと思います。

(c)FASHION HEADLINE/photo by Kanako Furune

—パートごとに、撮影する売り場はどのように決めたのですか。

「伊勢丹ってこんなに楽しいところなんだ」と感じてもらいたいので、スタジオではなく館内でということが前提にありました。10秒くらいでカット割りされているので、館内のロケハンが閉店後の20時から翌朝の5時くらいまでかかりました。撮影は2月に店舗休業日を使い丸2日間かけて行いました。

—矢野顕子さんもご出演されていますが、どのようにお話されたのでしょうか。

PVを作ります、ご都合が合えばぜひ…とお話をしたところ、運良く2月にご帰国される予定があったんですね。さらに、すでに撮影日は決まっていたのですが、奇跡的にスケジュールが合いまして。その後もTwitterなどで、ご自身の言葉で語って頂いていて嬉しいです。

普段の業務とダンス、両者に通ずるものとは

—撮影時の様子を教えて下さい。

全国から集まっているので、みんなで集まって踊るのは撮影日が初めてでした。それぞれが個人で練習をしてきて、当日に初めて全員で練習してすぐ撮影に入りました。時にTake8くらいかかったものもありますし、最後のシーンには2時間ほどかかりました。

最後のシーンは2階からカメラが1階に降りてカメラが引いていくのですが、カメラマンさんがマンパワーでカメラを手に持って後ろに走って、そこに社員200人くらいがガーッと集まってくるんですね。ここは小さい頃でいう学芸会のような、みんなで一個のものを作り上げている一体感が特にありました。無事撮影が終わると大歓声が起こったりもして、ひとつのことをこれだけの人数で出来た感動は大きかったですね。

百貨店の業務は普段からコミュニケーションや相手のことを思いやることがとても重要ですが、ダンスにもそこに通ずるものがあって、それがこの数分に凝縮されたのではないでしょうか。ダンスも自分だけが出来てもだめで、相手のことを認めてあげることがとても重要ですし、このように相手との調和での自分の動きが決まるのは普段の業務でもダンスでも同じで、だからこそ豊かに表現出来たのではないかなと思います。

—小林さんご本人もこの中に…?

私は映像には出ていないのですが、「自分も踊れないと」と思い年末年始の休みに「自己練」していました。やはりみんなに「ここどうするんですか」と聞かれた時に答えられないといけないですし。踊ってみてはじめて「どこが見せ場か」分かったりもするんですよね。「ここの部分は難しいから、ちゃんと合わせられるメンバーで構成しなきゃ」とか…踊りながら考えていましたね。

—撮影中、こだわった点を教えて下さい。

普段接客をしている時に「見られている」とはいえ、「撮影される」ことはほぼ初めてです。ただ、撮影場所に立ったら「女優・俳優になってもらわなくちゃ」「演じてもらわないと」と思い撮影中の気持ちの上げ方は大事にしましたね。スタッフには、とにかく間違ってもいいから笑顔でいてほしいと伝えました。撮影中もMIKIKOさんがダンスの部分をよく見て下さったので、私は「笑顔!笑顔!」ってマイク持って言ってましたね(笑)

—MIKIKOさんは、今回の撮影についてどのようにおっしゃっていましたか。

「元々伊勢丹という場所で販売をしているからこそ笑顔がしみついていて、本当に楽しいという気持ちがあって、よりストレートに笑顔が出てくるのではないでしょうか」とおっしゃって下さって、とても嬉しかったですね。撮影中も「みんな笑顔がすごいね」って。

(c)FASHION HEADLINE/photo by Kanako Furune

—出演されたスタッフの皆さんの感想で、印象に残ったものはありましたか。

とにかく「楽しかった」と。特に50代の方に「小林さん!」と名指しで呼ばれて「本当に楽しかったです。こんな機会を作ってくれてありがとう」と伝えられたことがとても印象に残っています。

—お客様からの反応はいかがでしょう。

「楽しいはずの映像なのに何だか泣けてきた」とか、「ますます伊勢丹に行きたくなった」というような反応がありますね。驚いたのは就職活動中の学生から「映像を見ました。ますます伊勢丹に入社したくなりました」という電話も掛かってきました。

撮影の楽しさや、体感した温度が共感を生んでいるかもしれない

—元々は矢野顕子さんへ「お礼をしたい」から始まったこのプロジェクト、それ以上の効果があったように感じられます。

当初はそのつもりではなかったのですが、PR面の効果も生まれたのではないでしょうか。我々の楽しさや体感した温度が共感を生んでいるかもしれないですし、笑顔で踊っているシーンを見ているとなんとなく笑顔になってくるのかなと撮影現場にいた私も思います。

(c)FASHION HEADLINE/photo by Kanako Furune

—これまで担当されてきた施策と比べて、今回新たに感じられた点はありますか。

弊社は新しいことに何でも挑戦しなさい、昨年と同じことをやるのは「ダメ」という風土があって打合せでは必ず「“NEW”は何?」と聞かれるんです。今回も「新しいこと」をやったから支持を頂いたのだと思います。

今回は、広告の手段としてPVを創ったということより、“踊る”ことそのものがスタッフの創意であり目的となっていました。商品の良さをお客さまにお伝えする宣伝活動とは違う為、手探りで作り上げた感じがあります。この経験から伊勢丹だからこそ出来る「新しいこと」にこれからもチャレンジしていかなきゃと感じました。これからのお客様とのコミュニケーションはどのように変化していくのだろう?と、未知への挑戦と言いますか、考えさせられるきっかけになりましたね。

【Interviewee】

株式会社 三越伊勢丹ホールディングス
営業本部 宣伝部 本社担当 マネージャー
小林 朋子さん